1995年9月、アフガニスタンの内戦で国土のほとんどを支配していたタリバン勢力が、首都カブールを制圧した。ブルハヌディン・ラバニ大統領は逃亡し、北部だけを支配していた「北部同盟」に参加した。1998年8月、ケニアのナイロビとタンザニアのダルエスサラームのアメリカ大使館がテロ爆弾攻撃を受けて、安全保障理事会は、アフガニスタンに依然としてテロリストがいることに対する懸念を繰り返した。12月、理事会は、国際テロリストとその組織に隠れ場所と訓練を提供することをやめるようタリバンに要求した。タリバンはアフガニスタンの正当な政府であると認められることはなかった。タリバンは理事会の要請に応えなかった。, 1999年10月、理事会は、国連憲章の強制措置規定のもとに、幅広い制裁を実施することに決めた。また、オサマ・ビン・ラディンは大使館爆撃の容疑者としてアメリカが起訴していることに留意し、彼を適切な機関へ引き渡すようタリバンに要求した。, 2001年9月11日、ビン・ラディンのアルカイダ組織のメンバーがアメリカで民間航空機4機をハイジャックし、2機がニューヨーク市の世界貿易センタービルに衝突し、1機は米首都の国防総省に突っ込み、もう1機は、乗客の阻止によってペンシルバニアの平地に墜落した。この攻撃によっておよそ3,000人の人々が犠牲となった。それに続いて、アメリカ政府はタリバンに最終通告を行い、ビン・ラディンを引き渡してアフガニスタンのテロリスト作戦を終わらせるか、大規模な軍事攻撃を受けるか、のいずれかを選択するよう迫った。タリバンは拒否した。10月、米英軍がアフガニスタンのタリバンの軍事目標やビン・ラディンの訓練キャンプにミサイル攻撃を行った。爆撃は2週間にわたって続けられ、その後、米国地上軍の展開となった。安全保障理事会は、タリバン政権を代えようとするアフガニスタン国民の努力を支持した。国連はまた、広く国民を代表する、包摂的な政府の樹立を目指して、アフガニスタン当事者間の対話を進めた。国連がボンで開催したアフガニスタン政治指導者の会合は、12月初めに終わった。会議では恒久的な政府機構が再樹立されるまでの暫定的取り決めについて合意が見られた。第一のステップとして、アフガニスタン暫定政権(Afghan Interim Authority)が設立された。安全保障理事会は、国際治安支援部隊(International Security Assistance Force: ISAF)の設立を承認した。暫定政権を助けて、カブールとその周辺地域の治安維持にあたる。その月の後半、国際的に認められたラバニ大統領の政権は、ハミド・カルザイ議長が率いる新たなアフガニスタン暫定政権へ権限を委譲し、最初のISAF部隊が展開された。, 2002年1月、国際アフガニスタン復興支援会議が開かれ、45億ドルを越す誓約が行われた。安全保障理事会は、タリバン政権の崩壊の結果、アフガニスタン国内に見られる好ましい変化を歓迎した。新しい現実を反映させて制裁を調整し、アルカイダとその支持者を制裁の対象にした。3月、理事会は、事務総長の勧告に従って、国連アフガニスタン支援ミッション(United Nations Assistance Mission in Afghanistan: UNAMA)(https://unama.unmissions.org/)を設立した。UNAMAは、人権や法の支配、ジェンダーの問題など、ボン協定が国連に付託する任務を果たす。団長は事務総長特別代表で、国民和解を促進し、暫定政権とその継承者と調整をはかりながらアフガニスタンの国連人道活動を管理する。, 2002年6月、緊急ロヤ・ジルガ(国民大会議の意味で、伝統的なフォーラム。部族の長老が集まって問題の解決を図る)が、9日間の予定で開催された。大会議は、ザヒル・シャー元アフガニスタン国王によって開会された。元国王は国家の指導者としてハミド・カルザイを指名した。ついでカルザイ氏がアフガニスタンの国家元首に選ばれ、その後2年間にわたって暫定政府を率いることになった。2004年1月、憲法制定ロヤ・ジルガは、アアフガニスタン憲法として採択されたテキストに合意した。その年の10月、800万人以上のアフガニスタン人が投票に行き、アフガニスタン史上初めて選挙による大統領としてハミド・カルザイを選出した。2005年9月、選挙運動中に一連の死者を招くような攻撃があったものの、アフガニスタン国民は国民議会と暫定評議会の選挙を行った。, 2006年1月、ハイレベル・グループ会合がロンドンで開かれ、「アフガニスタン・コンパクト」を発足させた。これは5カ年計画で、民主主義制度を確立するとともに治安の強化を図り、不正な薬物取引を取り締まり、経済を刺激し、法を執行し、アフガニスタン国民へ基礎サービスを提供し、その人権を擁護する。翌月、安全保障理事会は、アフガニスタン政府と国際社会とのパートナーシップのための枠組みを提供するものとして「コンパクト」を全会一致で支持した。2008年6月、コンパクト実施の資金として200億ドルの誓約があった。それには2009年と2010年の選挙の準備に対する支援も含まれた。選挙ではカルザイ大統領が再選された。, 政治的前進が見られたものの、2008年、2009年を通して暴力がエスカレートした。2009年10月にはタリバンがカブールの国連ゲストハウスを攻撃し、5人の外国人国連職員と3人のアフガニスタン人が殺害された。2010年、会議は、治安問題の責任を2011年までにアフガニスタン当局へ移行させる必要を強調した。アフガニスタンの州の管理を2014年までにISAFから国家治安部隊へ移行させることについて話し合った。会議ではまた、良い統治、司法システムの公平、人権、それに薬物の取引がもたらす長年の問題も取り上げられた。, 2011年9月20日、ラバニ元大統領が自爆テロによって殺害された。ラバニ氏の死亡は、以前の北部同盟の参加者もしくはそれに近い要人に対する一連の暗殺行為の頂点に立つもので、政治的な内部工作を強化する一方で、様々な勢力と民族集団との間の信頼を弱めることになった。2012年10月、ブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)国防会議で、ISAFは2014年以後の訓練を計画するようにとの指示を受けた。11月15日、アフガニスタンとアメリカは、戦略的パートナーシップ協定の線に沿って二国間の安全保障協定に関する交渉を発足させた。2013年3月、安全保障理事会は、治安、統治、司法、経済社会開発、それに国家薬物統制戦略の実施も含むアフガニスタンの「国家優先プログラム」を支援するよう国連に要請した。, 2014年4月5日の大統領選挙と県会議員選挙には、タリバンやその他の過激主義者、テログループの脅威や脅迫にもかかわらず記録的な数のアフガニスタン人が参加した。理事会は、新しいアフガニスタン大統領としてアシュラフ・ガーニの9月29日付け就任を歓迎した。それはまた、アフガニスタン史上初めての権限の民主的移行を示すものであった。, 2014年12月、理事会は、2014年後の「確固たる支援ミッション(Resolute Support Mission)」を創設するアフガニスタンと北大西洋条約機構(NATO)との合意を歓迎した。これは12月28日に任務を完了する国際治安支援部隊(ISAF)に続く任務である。2015年6月、全閣僚の任命によって政治的進歩が達成されたものの、外国のテロリストがアフガニスタンへ浸透し続けていることから治安情勢が課題として残った。2015年、UNODC(国連薬物犯罪事務所)事務局長は、アフガニスタンの違法薬物が不安定、反政府活動、腐敗、組織犯罪を支えているとともに、国家機関や平和と良い統治を進めるアフガニスタンの全体的な能力を弱めている、と強調した。麻薬対策は続けられた。, 2016年9月14日、理事会は、アフガニスタンを援助するために一般市民の支援や開発援助を続けるよう国際社会に要請した。, アフガニスタンの治安情勢は不安定であった。UNAMAの長は、2013年に、アフガニスタンの治安部隊の能力は強化されつつあるが、必要な能力を取得するには、少なくとも今後5年間は国際支援が必要であると理事会に伝えた。2014年、2015年、2016年とテロ攻撃が続いた。2016年4月19日にはカブールでタリバンによるテロ攻撃があり、28人が死亡、300人以上の人々が負傷した。2017年1月、理事会はカブール、ヘルマンド、カンダハルでの攻撃を非難した。これらの攻撃によって161人の人々が殺され、負傷した。3月、理事会は決議2344(2017)を採択してUNAMA の任務を2018年3月まで延長した。, 国連は、史上最悪のグローバルな健康危機を含め、大きな試練の時に創設75周年を迎えます。この危機は世界をより緊密に結びつけるでしょうか?あるいは分断と不信の増大につながるのでしょうか? あなたの意見によって変化をもたらすことができます。, 国連の取り組み:平和維持活動における 性的搾取・虐待を防ぐために(ファクトシート 2015年9月), ACTION FOR DISARMAMENT -軍縮のためのアクション: あなたにもできる10のこと. アフガニスタンに米軍基地なんかができたらもう、ソ連の横っ腹にナイフが突き立てられたようなものです。 アフガニスタンに米軍基地ができればアメリカのミサイルや核兵器が当然持ち込まれま、その近さからソ連全土がミサイルの攻撃範囲になるわけです。 (台頭する中国の内と外), 米国は中国を非難するが、13年の米中対話で中国のアフガン戦略を「米中協力の新たなモデル」と賞賛している。このことは、非常に興味深い分析に結びつく。米軍は、撤退予定日の昨年末以降も、アフガニスタンに1万人の駐留枠を持っている。1万人の米兵が駐留しているのでなく10年間の駐留枠だけであり、何人駐留しているかは機密だ。米国の反戦運動家たちは「米軍はまだ10年間、1万人をアフガン駐留し続ける。けしからん」と言っている。駐留の実数は数百人とか非常に少ないだろう。「米軍1万人駐留の10年延長」という好戦的なイメージのみが流布している。 (US Quietly Abandons Troop Reduction Plans in Afghanistan) (中国包囲網の虚実) (立ち上がる上海協力機構), 世界各地の鉱物資源の利権を買い取る中国を「資源略奪」と非難する声を、中国敵視のマスコミでよく見かける。アフガン銅鉱山の話はその一つだ。しかし、自作自演的な911テロ事件を理由に、911に直接関係ないアフガニスタン(やイラク)に侵攻して13年も占領するという国際法違反そのものの行為をやった(のに懲罰されない)米国に比べると、中国ははるかに合法的・平和的・合理的だ。米欧はアフガン占領したのに、米欧企業はどこもアイナク銅鉱山の採掘権を買わなかった。米欧勢が買わないので中国が買っただけだ(イラクやアフリカの油田も同様だ)。中国を「資源略奪」と非難するのは、多くの場合、敵視策に基づく濡れ衣だ。 (世界に試練を与える米国), 中国の南隣のミャンマーからは6月初め、ノーベル平和賞受賞の野党指導者アウンサン・スーチーが、中国を訪問した。ミャンマーでは今年11月に大統領選挙があり、スーチーも立候補を希望してきたが(ミャンマー議会に阻止されそう)、軍事政権とスーチーのどちらが勝っても、中国がミャンマーにとって最重要の国である状況を示している。スーチーの訪中について、米政府はほとんど何も言っていない。この件も、米国の中国包囲網が太平洋側だけの(日本と東南アジアを踊らせるための)「見せ物」であることを示している。 (中華文明と欧米文明は衝突するか), 2010-11年にオバマ政権が行った米軍アフガン増派が失敗に終わり、米国がアフガン撤退の意志を固める中、12年にカルザイ大統領が上海協力機構のサミットに初出席し、中国主導、中露と中央アジア諸国によるユーラシアの安保機構である上海機構に加盟する道が開けた。中国とパキスタン、アフガニスタンによる、アフガン安定化のための3カ国の協議も定例化した。これを見て米国のタカ派は、中国が米軍撤退後のアフガニスタンを取り込むと懸念し始めたが、米オバマ政権は、13年の定例の米中戦略対話で、中国がアフガン安定化に貢献することを歓迎し、アフガニスタンは「未来に向けた米中の大国間関係の新たな具体例」(未来中美新型大国関系建設的具体領域)であると米中間で定めた。治安状態が依然として悪い中、中国は、アフガニスタンの道路や通信インフラの建設に投資したり、アフガンから輸入する品目の6割を非関税にするなど、投資や貿易を地道に増やし続けている。 (Analysis: What's Behind Democracy Icon Aung San Suu Kyi's China Visit?) (Nobel laureate Aung San Suu Kyi makes awkward visit to China), アフガニスタンをめぐる覇権の多極化を示す事象としてもう一つ興味深いのは、タリバンとイランの接近だ。イラクは昨年来、5回にわたってタリバンの代表をテヘランに招待し、アフガニスタンでも活動を始めたISISと戦うタリバンに、イラクやシリアでISISと戦うイランが、武器と資金を出すことを決めている。イランとタリバンは、米国の影響力をアフガニスタンから排除することでも共闘すると決めた。 (「戦争」はアメリカをもっと不幸にする) (インドとパキスタンを仲裁する中国), アフガニスタンの北方、中国の西隣にあるキルギスの首都ビシケク郊外のマナス飛行場は、01年の米軍アフガン侵攻から昨年まで、米国が軍事基地として借り上げ、アフガン駐留米欧軍の補給基地として機能していた。米国は、アフガン占領が終わる直前の14年6月、マナス基地の租借を終わりにして、キルギスに返還した。 アフガニスタンの治安情勢は不安定であった。unamaの長は、2013年に、アフガニスタンの治安部隊の能力は強化されつつあるが、必要な能力を取得するには、少なくとも今後5年間は国際支援が必要であると理事会に伝えた。 (難民都市ペシャワール), 米国はアフガン侵攻でタリバンを蹴散らした後、ハミド・カルザイを大統領とする傀儡政権を樹立し、米軍撤退完了3カ月前の2014年9月までカルザイ政権が続いた。この間、タリバンは米軍に封じ込められていた。14年6月の大統領選挙後、2人の候補が自分こそ勝者だと主張して譲らず3カ月もめた後(この混乱は撤退後のアフガン政府を弱体化させておくための米国の策かも)、アシュラフ・ガニを大統領とする新政権に移行した。この後、中国が黒幕、パキスタンが仲裁役となって、タリバンとアフガン政府を和解させる努力が始まった。大統領就任後、ガニの初の外遊先は中国だった。 2009年10月3日、アフガニスタンとパキスタンとの国境付近に設置されたアメリカ軍の基地が、およそ300人のタリバンに包囲され奇襲を受けました。アメリカ軍とアフガニスタン軍の混成部隊は50人しかおらず、圧倒的に不利な状況。 (US, Japan Did Not Expect China-Led AIIB to Resonate With so Many Countries), It will take silky diplomacy to build China's new road - Ahmed Rashid, As U.S. Exits, China Takes On Afghanistan Role, China offers to mediate in stalled Afghan Taliban peace talks, Taliban Denies Reports of Secret Peace Talks in China, Pakistan Discloses Secret Afghan, Taliban Talks, China meet-up : Afghan Taliban dispute Aziz's peace talks claim, Pakistan, Afghan Officials Say Taliban Ready for Peace Talks, Afghan chief executive backs Taliban peace effort 'in coming days', Afghanistan's security on the brink of collapse, Kabul arrests, hands over Chinese Uighurs to aid Taliban dialogue bid, The Pentagon's New Afghanistan Policy - Way More Secrecy, US Quietly Abandons Troop Reduction Plans in Afghanistan, The Real Status of Forces in Afghanistan and Iraq by Ron Paul, White House Claims The Taliban Isn't a Terrorist Group, Kyrgyzstan Truckers Say They're Out Of Work After Manas Closure. (日本がよみがえらせたアフガンの村) (As U.S. Exits, China Takes On Afghanistan Role) (アフガニスタン紀行) Analysis: What's Behind Democracy Icon Aung San Suu Kyi's China Visit? (US Claims Iran Has Started Backing Taliban), 今やアフガニスタンの周囲は、中国、パキスタン、中央アジア諸国、ロシア、イランと、すべて反米・非米的な陣営の国々になっている。これらを主導してアフガン安定策を始めているのが中国で、その動きを米国も承認している。何年か時間がかかるかもしれないが、アフガニスタンが中国主導で安定していく可能性が強い。アフガンが安定し、米欧によるイラン敵視も終わると、ユーラシアの中央部は完全に米国覇権から離脱してしまう。インドは、まだ中国やパキスタンとの関係が好転していないが、中国主導のアフガン安定化の進行を見て焦っている。インド一国では対抗できないので、いずれインドは中国とパキスタンに対する敵視を弱めるだろう。インドが中国パキスタンと関係改善したら、中国はインドを上海協力機構に入れることにしている。

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